服屋の売り文句である「一生物ですね「長く着れると思います(シーズン的な意味ではなく)」
一体これらは何を意味しているのか。
それを考えた個人的意見をここに綴ろうと思う。
そもそもファッションとは常に変化し流れゆくモノであり、それを1年で2シーズンに分けて売っていきます。
これを踏まえて考えると一体どのくらいのスピード感なのか、まずそこを考えようと思います。
食だったらシーズンの影響を受けつつも1日3食で相当早い流れ・消費になります。
しかし衣食住であるその他の「住」を考えるとそれこそ冒頭に記述した「一生物になる」
そしてそれらに付随する電化製品や車など、その辺りもかなり長いスパンでのサイクルになると思います。
そして音楽ならばどうだろうか。
大好きなアーティストの新譜が出るのは早くても大体3〜6ヶ月に一回、そしてアルバムとなると1年〜3年に一回ではないだろうか。
しかし音楽、特にフィジカルではなくデジタルになった今の音楽はもっと手軽に聴け、流行りがあるにも関わらず受け取り側はあまりそこを感じることなく過ごしていると思います。
そしてその流行りを感じない分、昔の曲を聴いていても違和感なく過ごせる。これは感覚としては食に近く、他人の影響を受けづらいからだと思います。
しかしファッションとなるとそうはいかない。
なぜなら「トレンド」「モード」というのがかなり大きく関わってくるからです。
(いや、分からん。服屋だからそう感じるのかも)
そうなるとフィジカルな分、一層消費した感覚も強くなりますしそこで流行り廃りを感じ易くなるのかなとも思います。
そこで再度「一生物」や「長く着れる」という言葉を考えてみるとどうだろうか。
9.5割嘘なんじゃねーかと。そう考えてしまうのが普通ですよね。
ただこれってRage Against The Machineが政治的な歌詞を曲に乗せて状況や環境を改善しようと思っていたのにかなり近く、売り手側や作り手側の思いが強く込められる過ぎているのかなと思うんです。
実際は受け取り側が感じたり思ったりすることな訳で、Rageの曲だって未だにスタメンで聴いていますが結局は音楽として、エンターテイメントとして聴いています。
服だってそう。
結局娯楽の一部として楽しくなかったり嬉しくなかったら一生物にはならない。
だからこちらが一定の理由(素材や作りに関して)で一生物ですと言っても受け取り側は本当か???となるのが必然ではないでしょうか。
つまりファッションしない限りその一生物は存在しない。
(え、ちょっと上手くまとめられそう)
楽しむ瞬間・思い出に残る瞬間があってこそ一生物と呼べるモノに昇華されていくのではないでしょうか。
「ファッション」と聞くと娯楽感がかなり強く、現代だとクオリティも高く安価な物も多いため "無駄" に感じる人もいると思います。
しかしそうじゃない、僕らはファッションを楽しむことで朝の差し込む光、小鳥の囀り、見える景色が全て変わるのです。
だから僕らは今日もファッションする。
Good Evening!!! We're Rage Against The Machine From Los Angels, California!!!
Zackが言うだけで格好良いんだよな。